高野山の宿坊ガイド | 宝亀院の歴史と魅力

高野山宝亀院の歴史と魅力

高野山宝亀院は今から1100年ほど間に建てられた真言宗の寺院です。

高野山を開山した空海がなくなったのち86年が経ったある日、その時の天皇であった醍醐天皇の夢枕に空海が立って「高野山 むすぶ庵に 袖朽ちて 苔の下にぞ 有明の月」という和歌を呼んで消えて行ったと云う言い伝えがあり、その姿があまりにもみすぼらしかったため、空海の神力と高野山への信仰が落ちてきていることを感じたそうです。

そこで、信心深かった醍醐天皇は空海に「弘法大師」の大師号を送り、毎年空海の亡くなった3月21日には新しい衣を空海の霊廟へお供えするように観賢僧正に申し渡しました。そこで開基されたのが、宝亀院です。

高野山宝亀院
出典:トリップアドバイザー
宝亀院は、昭和7(1932)年に大阪・神戸・京都の3つの新聞社が主催して公募した「新西国霊場」の1つにも数えられている長い人気を誇るお寺です。

近畿二府四県(大阪・和歌山・奈良・京都・滋賀・兵庫)の寺院の中から、わが国仏教の始祖聖徳太子の"和の道"と、平和な世界建設を基調に、信仰と健全な探勝行楽を兼ねる巡拝コースを募集して挙げられた「新西国霊場」の寺院は宝亀院の他にもいくつかあり、その辞意を巡るのも高野山観光の方法の1つでしょう。

宝亀院の魅力はこれだけにとどまりません境内にはこの寺院を開基した観賢僧正の掘られた「飲めば胃腸に良く、浴びれば皮膚に良い」と言われる井戸水やご本尊の十一面観音菩薩立像があります。

高野山宝亀院の行事

高野山宝亀院の行事と言えば、開基の由来ともなったお衣替の行事(3月17日)が有名です。

毎年3月21日に大師御廟前にお供えする衣を井戸水から汲んだ水で染めるというもので、この行事に由来して、宝亀院の別名が「御衣寺」となったそうです。

高野山宝亀院の宿坊に泊まろう!

宝亀院の宿坊はとにかく魅力的です。

門を入って目の前に現れる金堂は決して豪華な建物ではありませんが、中を見学してみると歴史上の名だたる日本画の絵師の作である障壁画に囲まれて過ごすことができます。

また数多くの重要文化財も所蔵していますので、是非寺院の中を巡って数々のお宝を見学して過ごしてみて下さい。

料金などの詳細は公開されていませんので、お泊りの際には宝亀院までお問わせされることをおすすめします。

高野山宝亀院基本情報

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住所和歌山県伊都郡高野町294
073-656-2018
FAX
URL
収容人数個人約50人・団体約100人
駐車場大型バスなら4台、乗用車なら20台
設備本堂の他御衣替えの儀式で使用する作業小屋と庭園がある。寺院内に洋式トイレあり、百畳敷きの道場もあるため合気道、柔道などの合宿にも対応可能

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